|
「方丈記」より
前ページへ戻る。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 春は、藤波を見る。紫雲のごとくして、西方に匂ふ。 夏は、ほととぎすを聞く。語らふごとに、死出の山路を契る。 秋は、ひぐらしの声、耳に満てり。うつせみの世を悲しむかと聞こゆ。 冬は、雪をあはれぶ。積り消ゆるさま、罪障にたとへつべし。 もし、念仏ものうく、読経まめならぬ時は、みづから休み、みづから怠る。 さまたぐる人もなく、また、恥づべき人もなし。 ことさらに、無言をせざれども、独り居れば、口業を修めつべし。 必ず禁戒を守るとしもなくとも、境界なければ、何につけてか破らん。 もし、跡の白波に、この身を寄する朝には、岡の屋にゆきかふ船を眺めて、満沙弥が風情を盗み、 もし、桂の風、葉を鳴らす夕には、尋陽の江を思ひやりて、源都督の行ひを習ふ。 もし、余興あれば、しばしば松の韻に秋風楽をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。 芸はこれ拙なけれども、人の耳を喜ばしめんとにはあらず。 独り調べ、独り詠じて、みづから情を養ふばかりなり。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 前ページへ戻る。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 或は、茅花を抜き、岩梨をとり、ぬかごをもり、芹をつむ。 或は、すそわの田居にいたりて、落穂を拾ひて、穂組をつくる。 もし、日うららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかに故郷の空を望み、 木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。 勝地は主なければ、心を慰むるに障りなし。 歩み煩ひなく、心遠く至る時は、これより峰つづき、炭山を越え、笠取を過ぎて、 或は岩間に詣で、或は石山を拝む。 もしはまた、粟津の原を分けつつ、蝉歌の翁が跡を訪ひ、田上河を渡りて、猿丸大夫が墓を尋ぬ。 帰るさには、をりにつけつつ、桜を狩り、紅葉をもとめ、蕨を折り、木の実を拾ひて、 かつは仏に奉り、かつは家土産とす。 もし、夜しづかなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。 草むらの蛍は、遠く槇の島の篝火にまがひ、暁の雨は、おのづから、木の葉吹く嵐に似たり。 山鳥のほろほろと鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ、峰の鹿の近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る。 或はまた、埋み火をかきおこして、老の寝覚の友とす。 恐しき山ならねば、梟の声をあはれむにつけても、山中の景気、折につけて、尽くる事なし。 いはんや、深く思ひ、深く知らん人の為には、これにしも限るべからず。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 前ページへ戻る。 |